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ブログ

自由,プライバシセキュリティ──それらはなにゆえにおびやかされるのか

情報技術について語るとき避けては通れないのが,自由とプライバシー,そしてセキュリティである。この記事では,それらについて述べようと思う。

それぞれの意味するところ

自由,プライバシー,セキュリティ。これらはすべて情報社会における基本的な尊厳であるが,それぞれの示すところは異なっている。

情報技術にかかわる自由は,かんたんにいえば,ソフトウェアやハードウェアがどのように動作しているか,その仕組みを知ることができること。そして,望むままに動作を変更することができること。GNUのサイトが,自由ソフトウェアの定義を公開しているので,詳しくはそちらを参照されたい。

プライバシーは,他者からの詮索や監視をまぬがれること。他者というのは,政府だろうと企業だろうと,あるいはストーカーだろうと,自分以外の存在──ただし神と自分のコンピュータをのぞく──である。

コンピュータにおけるセキュリティとは,悪意ある第三者によって情報をぬきとられたり,自分のコンピュータで望まない処理を実行されないということ。

あげてみればわかるように,これらはかなり似通っている。さて,つぎはおびやかされる理由について述べよう──ひとことでいえば,お金だ。

おびやかされる理由

自由,プライバシー,セキュリティをおびやかして侵害することは,金になる行為だ。もちろん,金になるからといって社会に役立っているわけでもなく,道徳的にすぐれているわけでもない。
だがじっさいに,われわれのこうした権利がおびやかされるとき,そのほとんどは金目当てだろう。そうでなければ確実に,ヤバい人に目をつけられていることになる。

自由

アメリカは自由の国だといいながら,アメリカの大企業の製品──とくに情報技術にかかわるもの──は自由ではない。

たとえばあなたが,自由に配慮してつくられたコンピュータを5年前に買ったとしよう。そのコンピュータは古いCPUを搭載していて,お気に入りのGNU/LinuxディストリビューションがそのCPU向けの更新をやめてしまった。
さて,どうすればいいだろうか。さいわいあなたは英語が得意で,コンピュータ操作に必要な技能も持っている。まずは英語のサイトから,古いCPUでも使えるGNU/Linuxディストリビューションを探す。すると,お気に入りのディストリビューションから派生したものが見つかった。自由ソフトウェアで信用がおけそうだったので,自分のコンピュータに導入した。これでそのコンピュータは,ゴミ箱行きをまぬがれた。

その5年後,コンピュータが起動しなくなってしまった。あなたはコンピュータの仕組みについて詳しくは知らないが,IT技術者の親友がいる。あなたは親友に手紙を書き,コンピュータが壊れたのでみてほしいと伝えた。
週末,親友が家をたずねてきた。コンピュータをみせると,ハードディスクがこわれている可能性が高いという。使っていないハードディスクをくれるというので,交換してもらった。あなたは1ヶ月前,ハードディスクの中身をまるごとバックアップしていた。それを新しいハードディスクに入れて電源ボタンを押すと,見慣れたデスクトップ画面が現れた。1ヶ月間のデータはすべて消えてしまったが,コンピュータはもとどおり動作する。あなたは親友にお礼をいい,コーヒーをいれた。

この例では,さいしょにコンピュータを買ったときから大きな支出がない。コンピュータはまだ使えるので,買いかえるのはずっと先だろう。金は動かず,だれも儲からない

ひるがえって,自由を侵害してみよう。あなたは5年前,自由に対する配慮に欠けたコンピュータを買ってしまった。もはやOSのアップデートを受けられなくなり,GNU/Linuxも「保護機能」が作動してインストールできない。

英語の情報を参考に「保護機能」をなんとか解除し,ようやくGNU/Linuxをインストール。しかし5年後,コンピュータが機動しなくなってしまった。あなたは親友を呼んで,みてもらうことにした。
親友はあなたのコンピュータを見るなり,呪われた人形でも見るような目つきになった。親友によれば,特殊なネジを使っていて,メーカーでなければ開けることはむずかしいという。それでもなんとか開けてもらったら,ハードディスクの規格が特殊なので交換できないという。親友に止められたが,同じメーカーのコンピュータを買った。そうでなければ,1ヶ月前にとったバックアップを取り出せないからだ。

こちらでは,コンピュータを2回買いかえている。やったー! 2台分の売上だー! 「保護機能」を解除されなければ,もう1台分儲かったな

プライバシー

大手IT企業がこぞってあなたを監視したがるのは,へんな趣味をもっているからではない。あなたの情報を金にしたいからだ

たとえば,あなたが使っている検索サイトやメールサービスが,プライバシーを重んじていたとしよう。あなたは20代で,図書館の司書をしている。性的指向は同性愛だ。あなたはかつての同級生にあてたメールで昔の流行にふれ,過去をなつかしんだ。図書館の仕事に必要な知識を2時間にわたって検索しつづけたあとは,同性愛への理解がどこまで進んでいるか,ということについて調べる。
あなたが何歳であろうが,なんの仕事をしていようが,そしてどんな性的指向をもっていようが,検索サイトやメールサービスにはなんの関係もない。

さて,20代も終わりに近づいたときのことだ。あなたはどうしても,この国の政府がしていることに賛同できない。しかも政府は年を追うごとに国民をしめつけ,投票の秘密も言論の自由も,いまでは完全に形骸化していた。

この状況を海外に発信したいが,そのまえに現状を知らなければならない。あなたは政府の言い分から匿名の告発まで,あらゆる情報源にあたろうとした。そこで検索サイトの出番だ。あなたは政治的にきわどい文句をなんども検索窓に打ち込んだ。そして得た情報をもとに記事を書き,海外の編集者にPGPで暗号化したメールを送信した。
検索サイトの会社は中立国にあり,政治的な利害関係とは無縁だ。メールサービスだって同じこと。受け取ったメールを送ることが,唯一の仕事だ。

これでは,サービスの利用料金くらいしか収入がない。その代わりに電気代と回線代,そして運営にかかる人件費くらいしか支出せず,なかなか金がまわらない

では,プライバシーを軽んじた場合を見ていこう。検索サイトはあなたが関心を持ちそうな広告を予測し,表示する。あなたの性的指向を知っているからといって,差別することもなければ,ばらすこともない──広告収入に悪影響がでなければ,やっちゃうかもしれないが

あなたが政治的な文句を検索窓に打ち込み,結果をクリックするたびに,検索サイトはあなたの政治思想について知るようになる。
そんなあるとき,検索サイトの運営会社においしい儲け話が舞い込んできた。あなたの国の政府が,反対する人のリストを提供してくれたら,ばくだいな金をやると持ちかけたのだ。そして,反対者のメールを止めたら,1通ごとにこれまたよだれが止まらぬ額の報酬を約束した。

まずは利用規約とプライバシー保護指針を改悪して,この行為を正当化する。ただし難しい言いまわしで煙に巻き,ほかのこまかな変更にまぎれこませるのだ。もちろん,一流の法律家や翻訳家を雇うことにする。そして検索エンジンとメールサービスの運営会社は晴れて多額の金を受け取り,対してあなたが苦心の上に書き上げた告発文はだれにも読まれることなく,あなたの刑務所生活がスタートする。

政府は気にくわない奴を刑務所にぶち込めてハッピー,検索サイトも法律家も翻訳家も儲かってハッピー,みんなハッピー。だが,あなたは刑務所にぶち込まれてアンハッピー,国民は圧政のせいでアンハッピー。だが,金がまわっているのはたしかだ

セキュリティ

犯罪性のあるクラッキングのほとんどは,いたずらでおこなわれるのではない。だれも私の未完の作品を見るためにコンピュータに侵入しようとは思わないはずだし,私の水着写真を見るためにフォトストレージに侵入しようとも思わないだろう。でも,私のお年玉を盗むためであれば,コンピュータにたいして興味がなくても,真っ黒な画面にあふれる白い文字に向き合う気になれるはずだ。
じっさい,クラッカーが盗もうとするのはクレジットカード番号や暗号通貨のウォレットであって,夜景の写真やブログの下書きではないだろう。

ではここで,セキュリティがおびやかされることのない世界を想像してみよう。あなたのコンピュータはあなたに忠実である。重要な情報は全部ハードディスクに詰め込んで,もうひとつのハードディスクにバックアップを取っている。犯罪者がセキュリティをかいくぐることも,セキュリティソフトが売れることもない。そして,技術者はセキュリティソフトで儲けることはできない

セキュリティがひんぱんにおびやかされる世界ではセキュリティソフトが売れるし,それをかいくぐった優秀な犯罪者は多額の金を得る。マルウェアやクラッキング技術はますます高度化し,セキュリティソフトもそれにあわせて高度化。そして情報技術は足を踏み入れることすらむずかしくて危険なものになってしまう。

社会と経済のこれから

さきに述べたように,尊厳をおびやかせば金がまわる。「経済」の語源は「経世済民」すなわち「世をおさめ,民をすくう」ことらしい。だが,現在の金の流れは,世をみだし,民をおびやかす。まさに経世済民と真逆の結果をまねいてしまう。

もっとも,資本主義は情報技術以前に発明されたもので,まったくの異世界となった情報社会にそのままあてはめていいはずがない。もちろん共産主義や社会主義にしても,情報技術以前の思想だ。マルクスはコンピュータを使ったことがなく,ソビエト政府は公式サイトすらもっていなかったはずだ。

情報社会では物理的な制約をおどろくほど軽減できたり,情報をいくらでも複製できたり,かんたんなはずの作業が機器やソフトウェアの規格によってさまたげられたりする。われわれは異世界に移ってしまった。問題は,この異世界をどのようなものにするか,だ。情報社会がはじまってから数十年が経ったが,社会について考えるのはいまからでも遅くはない。
社会はつねに変わってきた。これからも変わりつづけるだろう。私もいずれ,この変化する社会にくわわることになる。いや,もうくわわっているかもしれない。
われわれは,この社会がすこしでも望ましいものになるよう,力を尽くさねばならない。