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病室の窓からは自動車の列が見えた。街は春のあたたかい陽光を浴びていた。
幼いころの情景が思い出された。八歳だったあの春の日、おれはある「大発見」をしたのだ。
八歳のおれにとっての「大発見」とは、赤色の信号灯が停止を指示するものであるということだった。窓外の車列を眺めるうち、車が信号灯に従って動いていることに気づいた。信号灯と車の動きを研究するうち、赤色があらわす意味をついに発見した。
田島翔吾は窓外の景色を見ながら思った。あのときのおれはその発見に歓喜して、看護師や同室の子に自慢げに発表した。看護師は驚きの表情を見せた。同室の子のなかには、あの三色の信号灯はただの装飾にすぎないといって聞かない者もいた。べつの子は、そんなことは誰でも知っていて当然だといって笑った。
二十四歳になったいま、この車列を見て思うことは、八歳のときとは違っていた。おれが健康でさえあったなら、いまごろはこの街を歩いていたかもしれない。もしかしたら、運転免許を取ってこの道を走っていたかもしれない。健康でさえあったなら・・・・・・
制服を着た高校生が横断歩道を渡る。田島翔吾は、ついぞ高校に行くことはできなかった。通信制の高校でさえ、治療の関係で難しいだろうと医師から言われ、あきらめることにした。
十歳のころは、中学校に入るころにはこの病気も治るだろうと思っていた。でも十三歳になって、中学のうちは学校に通うことはできないと悟った。
中学校三年生のとき、病床の机に高校のパンフレットを何冊も積みあげ、暇さえあればそれを読んでいた。通りかかった院長はそれを見て、こう言った。
「残念だが、高校はあきらめたほうがいい。たとえ通信制でも、スクーリングや試験で外出しなければならない。だが、きみの場合は外出すると命にかかわる」
いったい、なんでおれはこんな目に合わなくちゃならないんだ? 田島翔吾は自分の運命を呪った。呪うべきものは自分の運命だけだと信じていた。小児期に受けた健康診断で病気が見つかり、それ以来いまにいたるまでずっと入院している。つぎからつぎへと新しい病気が見つかり、薬は年ごとに増えていった。いまでは身体のあちこちに異常があり、少しでも無理をすればたちまち命に危険がおよぶ。
最初の病気が見つからなければ、むしろよかったのかもしれない。年齢が一桁のうちに命を落としていただろうが、いまの境遇を考えれば、それも大したことではないように思えた。
なんでおれだけ、こんな思いをしなくちゃいけない? そう胸中で叫び、ふと思い直した。おれだけじゃない。おれと同い年の若者がこれだけ、重い病気にかかっている。この病室にいる十二名はみな、田島翔吾と同年に生まれた男子だった。
かれはふと疑問をいだいた。ここの病院では、出生年と性別ごとに病室が分けられている。病室の定員は十二人で、ほとんどの病室は一人の過不足もない。各出生年と性別でちょうど病室に入りきれる数の患者が集まってくれるなんて、なんだか都合がよすぎるのではないか。
動悸を感じた。ナースコールを押す。やはり自分は病気なのだ。なにかの策謀で病院に入れられたわけではない。病室に看護師がかけ込んできた。田島翔吾は口を開いた。
「すみません、胸がばくばくしていて・・・・・・」
そこまで言いかけたところで、かれは意識を失った。
目覚めると、いつもの病室だった。かれはナースコールを押した。
「意識が戻りました。図書室に行きたい」かれは言った。
看護師に連れられて図書室に向かう途中、かれは今後の生活について考えていた。病気が治る見込みはないし、治ったところで就ける職があるかどうか。
図書室は五畳ほどのせまい部屋だった。数えたことはないが、本も二百冊くらいしかないだろう。小説と詩集と哲学書がそれぞれ約十冊と、コンピュータの本が十冊。英語とドイツ語の入門書がそれぞれ一冊。そのほかには、政治や経済、宇宙、無線工学などの本が置かれていた。そしてかれの不安に応えるかのように、進路と職業ガイドが二冊並んでいた。奇妙なことに、病院の図書室なのに病気にかかわる本は一冊もなかった。
ここにある本は、ほぼ全て読んだ。十年前から思っていることだが、技術系の蔵書が物足りない。プログラミングにせよドイツ語にせよ、どれも入門段階の本しかないのだ。私立病院であって公共図書館ではないので、蔵書の依頼は受けつけていない。
医師いわく、公共図書館の本には菌やウイルスが付着していて、病気で免疫力の弱った人には危険である。古書店の本にも菌やウイルスが棲みついている。新刊書店の本からは有害なインクの成分が放たれている。すなわち、自身と療友の安全を確保するために、わずか二百冊の知識で満足しなくてはならないのだった。
せっかく図書室まで足を運んだが、どの本も読む気になれなかった。片道百メートルの旅は徒労に終わった。
病院にあるDVDも観飽きた。子ども向けアニメ、三十年前の科学ドキュメンタリー、ついぞ現実にはならなかった青春映画。どれも、もう観たいとも思わない。
コンピュータ室に並んだコンピュータは十五分かかってようやく起動するが、外部と通信することはできない。作ったファイルはすべて消されてしまう。USBメモリですらめったに貸してもらえない。コンピュータでできることといえば、古くさくつまらないゲームをするか、作って動かしたらすぐに消してしまうプログラムを書くことくらいだ。それ以外に、気晴らしはない。ひたすら自身の病と将来に苦悶するだけである。
いつになったら、あの世からお迎えが来る? 田島翔吾はそう思った。治らぬ病をかかえ、病床に横たえてはよ二十年。そのあいだ、おれは生きていたといえるだろうか? 青春も学問も恋も知らず、公道を歩くことも、山に登ることも海で泳ぐこともない。これが事実上の死でないとしたらなんなのだ?
田島翔吾は私物入れから信書を取り出した。母親からの最後の手紙だった。病院長の名で消毒済の印が捺され、ラミネート加工が施されていた。
翔吾へ
病状はよくなりましたか。
母さんの働いている図書館は、蔵書整理期間に入りました。本のデーターベース(どんな本を何冊所蔵しているか、コンピュータで管理しているのです)と棚にある本を照らし合わせて、本がなくなっていないかを確かめるのです。
蔵書整理はかなり大変です。うちの図書館は重要な郷土資料も所蔵しているし、DVDやCDもあります。そういったものも、媒体が劣化していないか確かめます。DVDやCDは専用の機械で確認するのですが、一枚ずつ取り出して機械にかけるのは労力が要ります。
お医者様の許可がでたら、本を借りに来てください。利用カードを発行してあげます。同時に十冊までは借りられます。
翔吾の病気が早く治りますように。お医者様の言うことをよく聞いてくださいね。
しかし、かれの返信が届くことはなかった。母親は死んだ。死因は感染症だった。医師いわく、公共図書館の本から感染した可能性が高いとのことだった。
かれは手紙を私物入れにしまい込んだ。そして、隣の病床にいる塩沢雅也に声をかけた。二十年来の友人だ。
「雅也くん、今日はいい天気だね」
「ああ。午前中は晴れる。だが、午後になると雨が降るだろうな」
かれはいつも病室の窓から空をながめていて、天気を予測することができた。ここ十年のあいだに、かれの予測が外れたためしはない。
「これから、どうなるかね」
「明日も雨が続きそうだな。数日のあいだ、晴れることはないだろう」
「天気じゃなくて、おれたちの今後だよ。病気は治るのか不安だ。それに、治ったあとはどうやって生きていく?」
「きっと治るさ。だが、きみがいうように、治ったあとのことが大事だ。そのことについては、病院はなにもしてくれない。役所や雇用主だって、ぼくらの事情を知っているわけじゃないから、いちいち説明しなくちゃいけない」
「じゃあ、いまはどうすればいい?」
「病院の図書室はあんなに小さいし、学校にも図書館にも行くことができない。ぼくらにできるのは、先生の言うことをよく聞くことだけだ」
「治ったあとのことも、ちゃんと考えてくれているかね」
「ああ。きっと考えてくれてる」
そう言って、塩沢雅也はまた空を見つめた。
塩沢雅也のいうとおり、その日の午後は雨が降った。空がどんよりと暗くなり、得体の知れない液体が落ちてくる。その液体は窓にも付着していた。
くもった窓からは、建物や自動車の明かりがぼやけて見える。看護師が病室に入ってきた。
「すみません、看護師さん。気になったんですけど、雨って何でできているんですか?」
「はい?」 看護師は、困惑の表情をあらわした。
「雨。いま外で降っている雨です。その雨の素材は何ですか?」
看護師は笑みをうかべてうなづいた。そして言った。
「DHMOっていう化学物質。日本語でいうと、一酸化二水素。電気回路に異常をきたしたり、車のブレーキをきかなくしたりする、とても危険な物質なんだよ。肺に吸い込むと、命にかかわる」
「え、本当なんですか?」
「もちろん。種明かしをすると、このDHMOはただの水。いつも飲んでいる水でも、見方をかえると──」
「ちょっと待ってください。雨は水なんですか? ただの水なんですか?」
看護師の表情は、ふたたび困惑を示した。
「もちろん、精製水ではないけどね。でも、まあ普通の水。飲むのはおすすめしないけど、おれが子どものころは、よく雨に打たれながら遊んだなぁ」
「遊んだ? 大丈夫なんですか。雨は危険な酸性だって聞きましたけど」
「ああ、それは酸性雨ね。環境破壊による影響もあるだろうけど、まあ自然災害の一種だね」
「じゃあ、普通の雨は酸性じゃないんですか?」
「厳密にいうと、酸性かアルカリ性かはわからない。だけど、影響があるほどの酸性ではないことはたしかだ」
院長が言っていることとは違う。院長は、おれに嘘をついている。つかみどころのなかった疑いが、具体的な形をおびていくのを感じた。医師は、あえておれを病気にしているんだ。病院から出たあと生活できないように、なにも知らせてくれないんだ。
まずは状況を整理しなければ。かれは立ち去る看護師の背中を見て思った。
おれは四歳のときに受けた検診で、病気だと診断された。それから現在に至るまで、ずっと入院している。それ以来、病院から出たことはおろか、出入口を見たことさえない。
知識を得る手段は──医師や看護師、療友との会話。家族との手紙。そして図書室にあるわずかな本だけ。家族がみな死んでしまったいまでは、手紙をやりとりする相手がいない。
かれは窓の外に広がる風景を見た。この街──街という普通名詞は知っていた──のほかにも、街はあるのだろうか。 あるとすれば、ほかの街とどうやって識別するのか。番号をつけるのだろうか。それとも、人間のように名をつけるのだろうか。図書室には、街を識別する方法が読みとれる本はなかった。小説にも、「この街」や「あの街」などと書かれていた。
院長は、おれたちに知ってほしくないことが書かれていない本だけを選んで、図書室に置いているんだろう。本を新しく所蔵しないのも、望ましくない内容がないか調べるのに手間がかかるからだろう。
手紙はすべて紫外線で除菌し、清潔なフィルムでラミネートしてから届けられる。しかし、除かれるのはおそらく菌だけではない。知るべきでない内容があれば、薬品でも使って消すか、手紙そのものを届かなかったことにするのではないか。
では、院長がおれたちに知ってほしくないこととはなんだろうか。院長の目的は、いったい何なのか? 考えても答えが見つかるはずはなかった。
窓外の街と山にはどんよりとした雲がおおいかぶさり、雨の降る音が病棟に響いていた。雨は何日も降り続いていた。
田島翔吾の心もおなじように不信の雲におおわれ、猜疑の雨を降らせていた。医師や看護師の話す一言ひとことが、闇のなかから語りかける悪霊の声にさえ聞こえた。
いま自分がなにをなすべきかは、あいまいながらも理解していた。まずは、決定的な証拠を見つけなくてはならない。勘違いでないか確かめる必要があるからだ。証拠が見つかったら、同室の療友に告発する。そして、病院から逃げ出してしかるべき所へ行く。役所か公共図書館といったところなら、医師の手も届かないだろう。
かれは起き上がった。便意をもよおしてはいなかったが、便所に連れて行くよう看護師に頼んだ。
十分ほど個室に閉じこもっていると、看護師はこう言って歩き去った。
「終わったら、『呼出』ボタンを押して。ぼくはほかの仕事をしなくちゃならない」
これは計画の段階のひとつだった。看護師の足音が聞こえなくなると、田島翔吾は個室の扉を慎重に開けた。便所の床を這って移動し、入口扉に内側から耳を当てた。清潔ではないと思ったが、情報を得るためには仕方のないことだ。
廊下を歩く足音が幾度も聞こえたが、どれも便所に来ることなく去っていった。話し声も聞こえたが、患者どうしのたわいもない話だった。だが、十五分のあいだ聞き耳を立てつづけたところで、足音ともにPHS端末の着信音が聞こえた。つづいて聞こえたのは、院長の声だった。
「田島さまですか。はい。ええ。まだ翔吾くんは意識を取り戻していません。お母さんもご心配だとは思いますが、わたくしどもにお任せいただければ大丈夫です。翔吾くんはきっと意識が戻ります。ええ、脳の活動を調べたところ、回復の見込みはかなりあります。ご安心ください」
ここからさきの言葉は聞きとれなかったが、田島翔吾はある結論を見出していた。すなわち、電話の相手は自分の母である。母はまだ生きている。そして、院長は自分と母に嘘をついている。
かれは、飛び出して院長からPHS端末を奪い取りたい衝動にかられた。PHS端末をにぎりしめ、「お母さん、おれは意識がある!」と叫びたかった。しかし、いま駆け出したところで院長に追いつくことはできない。看護師の補助なくしては、床を這うか壁によりかかって移動するほかなかった。さらに聞き耳を立てつづけることが、もっとも現実的な選択肢に思えた。
さらに十分が経過した。二人が話しながら歩いてきた。院長と看護師だった。
「ええ、でも、どうしてそれがいけないのですか? なぜだめなのですか?」
「きみはなにも分かっていないよ」
「なぜ、ユウビンやデンシャのことを教えてはいけないんですか? だれでも知っていることでしょう!」
「だめなものはだめだ。子どもたちにいろいろと教えないでくれ。言うことを聞かなければ、下っ端のショクシュにサセンすることもできるぞ」
「なぜですか? 子どもたちの病気が治ったあと、どうやって生きさせるつもりですか? まさか──」
「大きい声で言うな。クビにするぞ」
「あなたは、それでも人間ですか」
「いいかね。きみはなにも分かっていない。ずっと安全で清潔な病院のなかで生きたほうが幸せなんだよ。きみも習っただろう。メンエキリョクが弱っていて、外の環境だとすぐに死んでしまう」
「だから、それはあなたがあえて、そういった状況に──」
声は聞こえなくなった。今日のところは十分な収穫を得た。かれは個室に戻り、かぎをかけて「呼出」ボタンを押した。
田島翔吾は病床に横たわり、さきに聞いた内容を思い出していた。
母は生きている。院長はお母さんに、おれが意識を失ったと嘘をつき、おれに、お母さんが死んだと嘘をついた。
おれたちはメンエキリョクが弱っていて、外に出ると死んでしまう。このメンエキリョクという聞きなれない単語の意味を考えた。最後の「リョク」は「力」のことだろう。だから「弱る」という言いかたにも違和感がない。
しかし、メンエキの意味が分からなかった。かれは、それがひとつの単語で、ふたつの漢字からなると推測した。最初の一字はメンと読む。麺、綿、面と思いつくかぎりの漢字を記憶から堀り起こしたが、納得のいくものは見つからなかった。つぎに、かれは脳内にエキと読む漢字を一覧しようとした。しかし、液という字しか見つけることができなかった。
かれは思った。漢字とその意味が並び、目的の漢字を読みから探せる本があれば、どれだけいいだろうか!
つぎに考察しなくてはならない謎は、「七階のコレクション」だった。七階になにがあるのか? 今夜、現地調査しよう。かれはそう思った。
消灯を知らせる鐘が鳴り、それぞれの病室の蛍光灯に流れる電流がいっせいに断たれた。病棟は静寂と闇につつまれた。
闇は死霊を呼ぶ。この病院で死をむかえた人は毎夜、霊となって廊下に現れる。死霊は患者を見ると、みずからの住む地へ患者を連れて行く。しかし、医師や看護師は死霊に連れられることはない。むしろ死霊のほうから治療を乞うのだ。これが、幼いころから聞かされていた話だ。
病室の扉を開けるにはかなりの勇気を必要としたが、かれは自らにこう言い聞かせた。死霊といえど、死を経たあとの人間に過ぎない。もし死霊に連れて行かれたなら、死の世界で告発を叫べばよい。世界のいたるところで死んだ千万の霊を前に、こう言ってやるのだ──おれはあの院長に人生を奪われた、と。
かれは、みずからの身体を通せるぶんだけ扉を開け、廊下に出た。壁を伝って、エレベータホールの方向へ進んだ。ナースステーションから光が漏れ、窓からは二つの人影が動いているのが見てとれた。かれは、窓の死角となる場所で壁によりかかり、音を聞こうとした。
聞こえたのは、院長と職員の声だった。
「いいか、なにも知らないのがいちばん幸せなんだよ。なにもないのが、いちばんいい」
「だからといって、なんでこんなことをするのですか。健康な子を病気にするなんて!」
「清潔と安全、これが最も大事なことだ。あらゆるけがれから守り、あらゆる危険を防ぐ」
「そうはいっても、汚ないことや危ないことは、人間として生きるにあたって避けることのできないものです。だから、人間をやめさせると?」
「ああ。そのとおり。だから、院内生活の基本的なこと以外は、金輪際患者にしゃべるな」
「でも、それでは生きている意味がないのでは」
「もちろん。生きることをやめてこそ、ほんとうの清潔と安全を享受できる。おまえたちは母親の腹から出て以来、汚ない世界で生きてきた。デンシャに乗ったことは?」
「当然、あります」
「よろしい。デンシャのジョウキャクがみなキップを持っていると思っちゃいかん。ケンビキョウでしか見ることのできない病原体どもは、人間にへばりついてカイサツをすり抜け、疲れを知らず何百キロも旅をつづける。海で泳いだことは?」
「高校時代は、毎日放課後に泳いでいました。学校のまん前が海なのでね」
「その海には、どれほどのウイルスが泳いでいると思う? 海はウイルスの貯蔵庫だ。おまえは青春時代を、ウイルスと泳いで過ごしたのだな」
「そんな言いかたをしなくても──」
「実際、そうだろう。カゼをヒいたことは?」
「もちろん。毎年ヒいてますよ」
「それは、おまえの身体に望ましくない存在が侵入したということだよ。はたして、そんなことがあっていいのだろうか?」
「あっていいに決まっているじゃないですか。生きものとは、そういうものです」
「なら、生きものでなくなればいい。簡単じゃないか。いいか、けがれはほかにもある。人間の心だ。インターネットや、ザッシやシンブンに書きつらねられた悪口雑言を読んだことはないのかね!」
「当然、あります。名の知れたザッシが、一線をほんの越えただけのイッパンジンをぼろくそに叩いたときは、わたしも驚きましたよ。インターネットが出てからは、ケイジバンによるチュウショウが相次いでいますよね。この病院も、とあるケイジバンでは『サイコパス病院』と呼ばれていて、キモダメシだとか言って遊び半分で来る人がいるんです」
「そうだろう。やはりこの世はけがれている」
「もちろん、知っています。ならば、インターネットもカクも、ヒコウキも車も、ぜんぶ無くなっちゃえばいいじゃないですか。文明を後退させればいいんですよ」
「おまえは間違っている。後退ではなく前進だ。文明を前進させるのだ。清潔と安全を文明によって達成する──それがイリョウだ」
「では、はっきり尋ねさせてもらいます。あなたにとってイリョウとは、七階のコレクションにすることですか? 人間をああすることが、イリョウだと言いたいんですか?」
「そのとおりだ」
「私の知っているイリョウは、そんなものではありません」
「イガクブでも教わらないのに、ヤクガクブでは教えないだろう」
「院長は、大学で教わらないことをしているんですか?」
「当然だ。では、おまえは大学で教わったとおりに働いているのかね。大学を出たあと、知識をアップデートしないのかね。現場から学ばないのかね!」
「なにも知らないのがいちばん幸せ、と言ったじゃないですか──」
「われわれは幸せを捨て、けがれと向きあわなければならない。そういう仕事をしているんだ。もう屁理屈はやめろ。いいか、この病院ではわたしが絶対だ。わたしはこの病院を統べたる者。わたしの命令で動け。おまえは、わたしのテンプブンショ入れ兼薬箱でしかないんだ。薬箱に議論をふっかけられてみろ。たまったものじゃないよ」
「わたしはひとりの人間です。独立した脳と感情を持った個人です」
「病院の外ではな! この病院に足を踏みいれれば、おまえは従業員。おまえではないんだよ! 業務に私情を持ちこむな。 わたしの指示にしたがってなしたことは、すべての面においてわたしが責任をとる」
「ケイホウ上は違います。キョウドウセイハンという──」
「おまえはいつからホウリツカになったんだ。よろしい。かりにキョウドウセイハンとやらがあるとしても、事実関係を隠しておけばよい。そのときは、わたしが唯一のハンニンであると述べよう」
「そうですか。では、実際にケンサツが来たときには、院長をつき出しましょう。これで納得できました。明日からも仕事にはげませていただきます。ちなみに、この会話はすべてロクオンしているので、ご心配なく」
静寂のなかを悲鳴がこだました。
「なにをするんですか。やめてください。あなたがいうところの『イリョウ』をするんですか」
「違う。おまえのボイスレコーダーのキオクソウチを、強いデンパでぶっ壊す。おまえに強いデンパを当てる。そうなると、キオクソウチは壊れ、データはすべて消える」
「強いデンパ! それだけはやめてください。ボイスレコーダーはお渡しします。だから──」
「PHS端末も時計も、ぜんぶ出せ。これから金属探知機にかける──おお、こいつでもロクオンしていたんだな。スパイごっこは楽しめただろう。では、おまえにカイコを言いわたす。明日から、もう来なくていい」
「ええ。こんな病院、二度と来るものですか。もっといい就職先をさがします。あなたの生と死が、地獄であらんことを」
「呪わんでもええ。すでに地獄だ」
エレベータの鐘が鳴り、院長は椅子に腰かけた。田島翔吾は床を這って窓の下を通りぬけ、それからふたたび壁をつたって移動した。
壁の向かいにあるエレベータへ行くには、また床を這う必要があった。そして十秒かけて身体を起こし、ボタンに手を伸ばした。
エレベータの乗降扉が開いて、かれはかごのなかに入った。手すりにつかまりながら「七」と書かれたボタンを押した。かごが上昇していることが感じられた。
ふたたび乗降扉が開いたとき、その向こうは広い空間だった。かれは、これがひとつの病室であることに気づいた。
患者は病床に横たわり、機械につながれていた。闇のなかに電子音がこだまするだけだった。
かれは病床の手すりをつかみながら進んだ。
かれの真後でエレベータの鐘が鳴った。どきりとした。
目の前が一気に明るくなり、目がくらんだ。かれの心臓は、恐怖のために停止する寸前だった。
「ついに見つけてしまったな」院長の声だった。
田島翔吾は、想像できるあらゆる責め苦をわずか半秒のうちに想像した。そのすべてを覚悟せよと、みずからに言いきかせた。しかし、その半秒後に、責め苦がないことを告げられた
「そんなに怖がらなくてもいい。これを見てしまったからには、すべてを話さなきゃいけない。わたしは、きみを苦しめるつもりも、殺すつもりもない」
院長は田島翔吾を抱きかかえ、椅子に座らせた。
「田島くん、この部屋についてどう思う?」
「怖いです。なんだか死んでいるようで、そして機械がたくさんあって」
「きみは誤解している。この部屋にいるのは、おそらく地球上でもっとも幸せな人たちだ」
「なぜ幸せだと思うんですか?」
「病原体から守られ、栄養を補給され、床ずれを防ぐ特殊なベッドでずっと眠っている。これが幸せというものだ。これがイリョウだ。これが文明だ」
「イリョウとはなんでしょうか?」
「そうだったか。きみはイリョウという言葉を知らない」そう言って、院長は紙と万年筆を取り出し、「医療」と書いた。
「これがイリョウを漢字で書いたものだ。どちらの漢字も、『癒す』とか『病気を治す』という意味になる」
「あんたの信じている医療は、漢字の意味と違っている。ずっと病気のままにしておくんですからね」
「漢字は何千年も前に生まれた。現代文明の萌芽さえ見られなかった時代だ。いまの言葉にはいまの意味がある。さて、このベッドに寝るのはいったいだれだと思う?」
「わかりません」
「きみとおなじような患者たちだよ」
田島翔吾の心臓は、ふたたび恐怖に鼓動を速めた。おれとおなじように──秘密をあばいたり、反抗的な態度を示した患者のことか?
「きみと同じように、病気になって入院している患者たちだ。さて、きみは病室に戻ったあと、おなじ部屋の子にこのことを話すかね?」
かれは、すぐに答えることができなかった。同室の療友に告げなければ、ここまで謎を解き明かした意義はない。でも、告げてしまえば療友に危害が加えられるかもしれない。
「きみがここで否と答えたところで、なんの意味もない。わたしは、納得した人だけを幸せな眠りにつかせる。ここにいる世界一の幸せ者たちは全員、わたしの説明を聞いて同意したのだ。いずれにせよ、きみの病室の人たちを、明日の午後六時に七階に運ぶ。それまでに病院を出た者は、七階には来ない。だが、これだけは言っておこう。この清潔で安全で快適な病院を出るということは、みずから死を選ぶことと寸分の違いもない」
「なぜですか? 病院の外でも人は生きています。街を歩き、車を走らせ、本を読み──」
「きみは、病院の外で生きていく方法を知らない。きみの頭も、身体も。せいぜい二百冊の本におさまる知識だけで、なんの職能もないきみが、どうやって金を稼げる? どうやってトウヒョウするセイトウを選ぶ? 巨大な現代社会の政治と経済を知らずに、生きていけると思うな」
「いや、生きていける。図書館に行けば、本がたくさんあるはずだ」
「無理だね。眠る場所はどうやって確保する? たとえ図書館の軒下で眠ることができたとして、日々の食べものはどうやって手に入れる? 金がないと買えないぞ。ああ、もちろん図書館は、きみを雇ってはくれないよ」
「小説に書いてあった。働けなくても、役所に申請すれば、生きていくために最低限のお金はもらえるんだろう」
「いいかね、きみは申請の方法も、食べものを買う方法も知らない。家を借りることもできない」
「申請の方法なら、小説に細かく書いてあった。食べものを買う方法もだ。家がないなら、カプセルホテルに泊まればいい。そのあいだに図書館に行って、家を借りる方法を調べる」
「まったく、なんということだ。いらない本を置きすぎた。ああ、それから、きみの行く手をはばむのは、金だけではないからな」
「ほかに、なにがあるんだ」
「きみはずっと横になっていたせいで筋力が衰えていて、歩くことができない。それにほんらい、身体はメンエキリョクというものを持っている。きみはそれを二十年以上も使っていない。きみのメンエキリョクは、もう衰えている。病原体に対抗する力だ。つまり、きみの場合は、長いあいだ病原体に触れていない。だから病原体に対抗できず、死んでしまう。外には病原体がうじゃうじゃいる」
「じゃあ、外に出ると」
「きみは、すぐに死んでしまうね。きみは、そうなっているんだよ」
「それは、あんたがそうしたからだ!」
「いや、文明とはこういうものだ。わたしだって文明を離れては生きていけない。わずか百年前の村落でさえ、現代人が生きることはできないだろう。いまと比較すれば、不衛生で危険で、しかも高度な技能を必要とするからね。そして百年後の人間もまた、現代の都市で生きることはできないだろう。文明は前進する。だが、そのなかにいる一人ひとりは、むしろ後退する。文明ぜんたいでみれば、われわれはかつて知らなかったことを知り、不可能だったことが可能になった。しかし、文明を構成する一人ひとりでみれば? かつての人間が知っていたことをいまの人間は知らず、可能だったことは不可能になった。きみの病室は、現代文明の進化形だ。そして七階の病床は、そのさらに進化形ということだ」
「あんたの文明論はどうだっていい! おれが子どものころ、あんたはおれを病気にした! そのせいで──」
「いいかね、なんども繰り返すが、これが文明というものなのだよ」
「なんで、こんなことをしたんだ!」
「では、われわれの先人はなぜ文明を発達させた? 医療を進歩させた? 結局、そういう問題なのだ。清潔と安全こそが、文明であり医療なのだ」
「文明論はもうごめんだ! あんたは、おれの幼年時代と青春を奪った!」
「なんど言えばわかる? きみの幼年時代と青春を奪ったのは、わたしじゃない。文明だよ。わたしがなにもしなくても、きみの望む人生はなかっただろう」
「さっきから文明、文明と・・・・・・文明の研究者にでもなればいいじゃないか! なぜあんた個人が、健康だったおれをあえて病気にしたのか。おれが聞きたいのは、それだけだ」
「それがわたしの仕事だからだ!」
「じゃあ、それはだれに依頼された?」
「文明だよ。文明が望むことをしたまでだ。医療とはそういうものだ。これで納得できたかね」
「いや、納得できない。あんた個人は、なぜおれを病気にした──あんた個人として?」
「個人だと? これは医療だ。純粋芸術じゃない。医療に個人など存在しない。文明が望むことをしなくちゃならないんだ。純粋芸術はしばしば文明に反抗するが、そういった芸術家は飢えて食べていけなくなる」
「あんたの責任はどうなる?」
「文明の意思に従ったまでだ。だから文明の責任だ。わたしじゃなく、百年、千年と続いてきたこの文明が責任を負う」
「文明とは、人間がつくるものじゃないのか? 一人ひとりが、文明をになうのではなかったのか? おれが読んだ本では──」
「いらない本を置きすぎたな。わたしは若いころ、この文明がどこへ進むのかを考えていた。高校三年の終わりころだ。医学部の合格通知を手にして、心にずいぶんと余裕ができた。だから、あれこれ考えていたんだ。いったい、われわれはどこへ行くのか? そして答えにたどりついた。あさっての方向だ! この文明は大きくなりすぎた。もはや制御不能だ」
「じゃあ、あんたには責任がないというのか?」
「いい例えがある。きみは幼児用の歩行器を知っているかね?」
「はい」
「では、十の何乗個もの歩行器が連結して、正方形の隊形をなしているとしよう。その歩行器で歩いているのはみな大人で、歩行器は鉄でできている。この歩行器隊にいる一人ひとりは、隊が進む方向に歩かなくてはならない。さもないと足をもぎとられるか、歩行器から外れて隊に踏みつぶされる。この場合、歩行器にいる人は、歩行器隊の前途にたいして責任があるといえるかね?」
「はい。歩行器隊にいる一人ひとりは、たとえ死んでも、隊が行くべからざるところへ行かぬようにする義務があります。一人ひとりは隊の一員であり、隊の前途に責任を負っています」
「ほう。なかなか立派なご意見だな。だが、よく考えてみよ。どうやって、その責任とやらを果たすのだ? どうやって、個人の意思を隊の前途に反映するのだ? みんながばらばらな方向に進もうとしたら、たくさんの足がもぎとられて一面血まみれの惨事になる。だから、隊ぜんたいで前途を一致させなくてはならない。でも、どこへ行くべきかを議論することはできない。チメイすら知らずに、どうやって話しあえと? なにかの拍子に隊が動いたら、その方向へ足を進めるしかないんだ。これが文明というものだよ。納得できたかね。もう病室に戻りなさい。きみの今後については、明日考えればいい」
「もう考えた。おれは病院を出る」
「踏みつぶされて死ぬ。よろしい。これがきみの意思なのだね」
翌朝、田島翔吾はいつもどおり目を覚ました。
昨夜のことははっきり覚えていた。かれは、逃亡の前になさなければいけないことを心得ていた。みなが目を覚ましていることを確かめると、病室じゅうに聞こえるように呼びかけた。
「みんな、聞いてほしいことがある」
十一人の視線がかれに向けられた。かれは続けた。
「おれたちは、もともと健康だった。それを院長は、あえて病気にした。やつはめちゃくちゃな思想に動かされ、おれたちを病院に閉じ込めたんだ。そして、院長はおれたちを意識不明にさせて、機械につないで眠らせようとしている。やつはおれの幼年期と青春を奪った。そして人生まで奪おうとしている! おれはやつらの会話をこっそり聞いたんだ。それだけじゃない。昨日は院長から直接、こっそりではなく面と向かって聞いた」
「そのことは、すでに知っているよ」塩沢雅也が言った。
「翔吾くん。こんな簡単なことにも、めんどうな調査をしないと気づけないのか? みんなもとは健康だった。先生があえて病気にした。こんなこと、二たす二が四だというのとおなじで、だれだって分かるさ。きみにとって、これは死角になっていたんだろうがね」
「知っていたら、なぜみんなに知らせなかった? なぜ逆らわなかった? いいか、今日の午後六時までに病院から出なければ、おれたちは七階の機械につながれるんだ! おれはこの病院から出ていくし、みんなにもそうしてほしいと思う。まずは図書館を探そう。それから、生きる方策を考えればいい。おれについていきたい者は、手をあげてくれ」
静寂のなか、十一人の両腕はすこしも動かなかった。
塩沢雅也が、静寂を破って声を発した。
「ここにいたほうが幸せなんだよ、きみのような変わり者でないかぎりね。この病院はいいところだ。夏の暑さも、冬の寒さもない。なにもしなくても一日三食が運ばれてくる。歩くことも、字を書くことも必要ない。これほど幸せなことがあるか?」
田島翔吾は、ただひとり手すりをつたって廊下を移動していた。二十余年もの時をともにした仲間のうち、かれの意見に賛同する者は一人としてなかった。
エレベータホールには、院長が立っていた。かれは田島翔吾を抱き起こすと、エレベータに乗せた。
行先階ボタンには、一階がなかった。院長は、二階のボタンを押した。かれはPHS端末を取り出して、こう言った。
「用事があるので、一旦出てくる。戻るのは二時間後だ」
二階に着くと、かれは田島翔吾とともに小さな部屋に入った。田島翔吾は、扉が厚いことに気づいた。そして、部屋の奥にもうひとつ扉があった。
院長は扉を閉め、ボタンを押した。空気が流れる音が聞こえた。
「田島くん。この部屋はなんだと思う?」
「わかりません」
「これは防疫区画と外部とを隔てる部屋だ。防疫区画とは、きみが二十年あまりを過ごした空間のことだ。そこに菌やウイルス、ほこりや花粉といったものが入らないようにしている。防疫区画から出るときは十分もかからないが、入るときは一時間半かかる」
院長は下着を除くすべての衣服を脱いでかごに入れた。PHS端末と手帳をポケットから取り出すと、それらをもうひとつのかごに入れた。そして、きれいにたたまれた衣服一式を机上から取りあげると、それを着た。
「内側と外側では、服も分けなきゃいけない。きみは二度と内側に戻ることはないから、着替える必要はない」
奥の扉が開いた。院長は田島翔吾を連れて出ると、ふたたび扉を閉めた。左右に二つずつ扉があり、奥にも扉があった。
「ここはシャワー室だ。戻ってくるときはシャワーを浴びて、全身を洗わなくてはならない」
院長が奥の扉を開けた。そしてかれらは進んだ。
「ここは所持品検査室だ。危険なものを持ち込もうとしていないか確認される。出るときには確認はいらない」
院長はマスクをつけた。
「外に出るときは、特殊なマスクをつけなくてはならない。さもないと、招かれざる客を連れ帰ることになる。きみは二度と戻らないから、マスクは必要ない」
そして、かれらはエレベータで一階に下りた。
一階には、年齢も服装も異なる人がたくさんいた。
「ここには、二種類の人間がいる。ひとつめは、われわれのように病院で働いている人。ふたつめは、病気やけがを治してもらいに来た人。ここには、たくさんの病棟がある。外で生きていて病気やけがをした人は、きみたちとはべつの病棟に行く。さあ、出口はあっちだ」
大きな扉から向こうに進むと、そこは病院の外だった。
「ここからは、わたしは関与しない」
そう言って、院長は田島翔吾を手すりにつかまらせた。院長はさびしそうな表情でかれを見つめていた。
田島翔吾は、手すりをつたって道路に出ると、腹ばいになって進んだ。
かれは図書館に行こうと思った。図書館には本があり、さまざまな知識を得られる。自分の出発点としてもっともふさわしいように思えた。それに、もしかしたら母親もいるかもしれないのだ。
だが、十メートルも進んだだけで入院着は破れ、手と膝はすり剥けて血だらけになった。かれは叫んだ。
「図書館! 図書館! 図書館はどこだ!」
かれの後ろから車が近づいてきた。這って移動するかれは、運転席からの死角にいた。
運転しているのは、かれと同い年の青年だった。運転手は、前輪がなにかを踏んだことを感じ、急制動をかけた。
車を降りると、後輪のさらに後ろに血まみれの体があった。四半世紀にわたって生きた田島翔吾の肉体だった。
「事故です! 病院、病院に!」運転手は顔面蒼白になってわめいた。院長は、それを満足げに見つめていた。
私が本作品で用いている筆名「池田笠井闘志」は、本名「笠井闘志」に、離婚した父の姓「池田」を付したものです。父方の家系への敬意を示すため、「池田」を付しています。
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